悲憤慷慨(ひふんこうがい)

「悲憤慷慨」の意味

世の中の不正や自分の運命を、悲しみいきどおること。

「悲憤慷慨」の使い方

ニュースで不正を知った父は、悲憤慷慨していた。

小学生に理解できる「悲憤慷慨」を使った物語

中学三年のけいすけは、社会科の授業で、江戸時代の終わりごろに活やくした人たちのことを調べていました。

図書館で借りた本には、世の中が乱れていくことを見て、心を痛めた若い人たちのことが書かれていました。彼らは日記や手紙に、悲しみといかりを書きつけていたそうです。

本の中には、「悲憤慷慨」という言葉が何度も出てきました。けいすけが辞書で調べると、世の中の不正や自分の運命を、悲しみいきどおること、と書いてありました。

けいすけは、その人たちが書いた手紙の一部を読んでみました。正しいと思うことがなかなか通らない世の中への、くやしい気持ちがあふれていました。

次の授業で、けいすけは調べたことを発表しました。「この時代の若い人たちは、悲憤慷慨しながらも、どうすれば世の中をよくできるかを考えていたのだと思います」。

先生は「悲しんだりいかったりするだけでなく、そのあと何をしたかにも注目できたね」とほめてくれました。けいすけは、昔の人の気持ちが、言葉を通して少し分かった気がしたのでした。

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