崇徳院(1119年〜1164年)。
鳥羽天皇の第一皇子で第75代天皇。
5歳で即位し、22歳で近衛天皇に位をゆずる。
彼は若くして帝位に就いたものの、その治世やその後の人生は父親である鳥羽上皇との確執や政争に大きく翻弄されることになりました。
特に保元の乱の敗北によって讃岐国へと流され、失意のなかでその生涯を閉じるという悲劇的な運命をたどりました。
しかし、その卓越した歌人としての才能や、数々の苦難のなかで詠まれた情熱的かつ哀切に満ちた和歌の数々は、日本の文学史において極めて重要な輝きを放ち続けています。