仏の顔も三度
(ほとけのかおもさんど)

「仏の顔も三度」の意味

どんなにやさしい人でも、ひどいことを何度もされれば怒るということ。

「仏の顔も三度」の使い方

何度注意しても弟がゲームをやめないので、仏の顔も三度だと母がついに怒った。

小学生に理解できる「仏の顔も三度」を使った物語

ハルトの家のとなりには、やさしいおばあさんが住んでいます。おばあさんの家の庭には柿の木があり、秋になると、ハルトたちにいつも柿を分けてくれます。

ある日、ハルトたちは、おばあさんの家の前の道でボール遊びをしていました。ボールが庭に入ってしまい、ハルトは「すみません、とらせてください」とあやまりました。おばあさんは「いいよ、気をつけてね」と笑ってくれました。

でも、そのあともボールは何度も庭に入りました。二回目もおばあさんはゆるしてくれましたが、三回目には、ボールが植木ばちに当たって、ばちがわれてしまいました。

おばあさんは、いつもとちがうきびしい顔で言いました。「何度も言ったでしょう。ここでボール遊びをするのはやめてちょうだい」。ハルトたちは、だまって下を向きました。

家に帰ってお母さんに話すと、お母さんは言いました。「仏の顔も三度、というでしょう。どんなにやさしい人でも、何度もめいわくをかけられたらおこるのは当たり前よ」

次の日、ハルトたちは、おこづかいを出し合って新しい植木ばちを買い、おばあさんにあやまりに行きました。おばあさんは「わかってくれればいいのよ」と言ってくれました。それからハルトたちは、ボール遊びは公園ですることにしました。

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