針のむしろ(はりのむしろ)

「針のむしろ」の意味

まわりから責められているようで、少しも気が休まらない場所や立場。

「針のむしろ」の使い方

わたしのミスで試合に負けて、帰りのバスは針のむしろだった。

小学生に理解できる「針のむしろ」を使った物語

中学一年のゆうなは、合唱コンクールのピアノ伴奏者に選ばれました。でも、本番の日、ゆうなは途中で楽譜をめくりそこね、演奏が止まってしまいました。

すぐに弾き直したものの、歌はばらばらになってしまいました。結果は、学年で最下位でした。

教室にもどると、だれもゆうなを責めませんでした。それでもゆうなは、みんなの視線がつきささるように感じました。自分の席にすわっているのが、針のむしろのようでした。

放課後、ゆうなが一人で泣いていると、クラス委員のさとしが声をかけてきました。「ゆうなさんのせいだなんて、だれも思っていないよ」。

さとしは続けました。「みんな、毎日おそくまで練習に付き合ってくれたゆうなさんに、感謝しているんだ。ほら、これ」。さとしが差し出したのは、クラス全員の寄せ書きでした。

そこには「ありがとう」「来年もいっしょに歌おう」という言葉が、たくさん書かれていました。ゆうなの目から、また涙があふれましたが、それはうれし涙でした。

針のむしろだと思っていたのは、自分の気持ちのせいだったのです。ゆうなは次の日から、来年に向けて、またピアノの練習を始めました。

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